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高松地方裁判所 昭和51年(ヨ)126号 判決

申請人 工藤義幸

〈ほか一〇名〉

右申請人ら代理人弁護士 高村文敏

同 久保和彦

同 金澤隆樹

被申請人 引田町

右代表者町長 柏木甫

右被申請人代理人弁護士 河村正和

主文

一  申請人らの本件申請を却下する。

二  申請費用は、申請人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(申請の趣旨)

一  被申請人は別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)上のごみ処理施設(以下、本件施設という。)の操業にあたり、以下各号の事項を遵守しなければならない。

1 処理しようとする廃棄物の搬入及び残灰等の搬出にあたっては、道路沿線に運搬物を落下、散乱させてはならず、また、運搬物の落下、散乱等があった場合には、すみやかに回収、清掃するなどして原状回復その他環境保持のために必要適切な措置を講じなければならない。

2 ごみの焼却処理にあたっては、次の排煙排出基準値内にて操業しなければならない。

項目

最大排出濃度

最大時間平均

排出濃度

総粉じん量

(ノルマル立法メートル)

〇・五七g/Nm3

〇・四g/Nm3

硫黄酸化物

(グラム)

一七三ppm

一〇〇ppm

塩化水素

三七ppm

二〇ppm

窒素酸化物

七〇ppm

五〇ppm

3 風向その他の気象条件のために、排煙が申請人らの住居及び田畑耕作地域の方向に流れ、滞留する状況が発生し、又は発生するおそれのあるときは、右危険がなくなるまでの間、操業を停止しなければならない。

4 悪臭を申請人らの住居地域に流出させてはならない。

5 排煙をガス洗浄塔により処理しないままで排出してはならない。

6 本件施設の操業のために用いた汚水を一切本件施設外に流出させてはならない。

7 前2、4、5、6の各号に違反したときは、改善措置を講ずるため操業の短縮又は一時停止をしなければならない。

二  申請人らは、必要あるときは、被申請人の業務遂行に支障のない限りにおいて、専門技術者帯同のうえ本件施設に立入り調査をすることができ、被申請人はこれを拒絶してはならない。

三  被申請人は本件施設につき増設をしてはならない。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

(申請の趣旨に対する答弁)

主文と同旨。

第二当事者の主張

(申請の理由)

一  当事者

1 申請人らは、いずれも香川県大川郡引田町小海地区の累代の住民であり、小海地区住民の全戸を対象とする自治会である小海住民会、小海地区住民の全戸のうち成年婦人を対象とする自治組織である小海婦人会及び小海地区農協組合員世帯の青壮年者による東讃農業協同組合小海支所青壮年部の三者により構成されている黒谷地区じん芥焼却炉設置反対共斗会(会長松浦精一)のメンバーでもある。

小海地区は、小海川とその支流である北谷川とによって形作られた谷あいにわずかに平坦地の散在する地域であって、総面積は、一一六八ヘクタールで、うち八八九ヘクタールを山林でしめ、耕地面積は一二六ヘクタールにとどまっている。総人口は、約一〇〇〇人総戸数二四〇余戸、うち農家は一九〇戸で農家人口は約八七〇人であり、稲、い草、松茸などを主産物とする純粋の農山村である。

申請人らは、いずれも代々、稲、い草などの栽培あるいは松茸の採取などの生産活動に従事してきているものである。

なお、前記共斗会は、本件施設設置に反対する署名五七三名分(小海地区住民の有権者の殆んどすべて)をもって被申請人及び引田町町議会あてに本件土地上にごみ処理施設を設置しないよう請願してきたことがあり、申請人らはこれら小海地区全住民を代表する立場から本件申請に及んだものである。

2 被申請人は、昭和五二年三月本件土地上に本件施設を完成させ、同年四月その操業を開始し、今日に至っている。

二  被害発生の蓋然性

1 本件施設の概要と操業状況

(一) 概要

本件施設の規模構造は、次のとおりである。

敷地面積七二六一平方メートル、建築延面積約七六〇平方メートル、鉄骨シボレックス造り、焼却炉の機種はユニチカ式機械化バッチ焼却炉で、処理能力は日量七・五トンのものが二基で合計日量一五トン、排煙用煙突の高さ三五メートル、他に集じん装置として、洗煙、マルチサイクロン、ガス洗浄塔を設置する。

(二) 操業状況

昭和五二年度

昭和五三年度

操業日数

二九二日

三〇〇日

日平均焼却ごみ量

四・七トン

五・八トン

日平均施設稼働時間

四・八時間

五・九七時間

イ 被申請人側の資料によると、昭和五二年度及び昭和五三年度の本件施設の操業状況は、ほぼ前表のとおりである。

ロ 操業にあたっては、通常午後二時ないし午後四時には、マルチサイクロン、ガス洗浄塔などの作動を止め、以後、焼却ごみを自然燃焼させている。その際には、結局、排煙を、なんらの洗浄処理をしないまま、直接排出することになるが、右排出は、夜間を経て翌朝の操業再開時までに及ぶことは通常である。

2 立地条件

(一) 地形的条件

小海地区は、西から東に流れる小海川を中心にして、同川の北側に標高二五〇メートル前後の山々、南側に三〇〇メートルないし四〇〇メートルの山々がそれぞれ連なり、西側には一〇〇メートルないし一五〇メートルの山が連なっていて、三方を山に囲まれ東に向いて開いている谷あいの地形であるが、本件施設が存する小海地区黒谷は、そのような地形の中に存するもので、右小海川の上流で南に向って入り込んだ小さな谷である。

本件施設は、この黒谷の小海川から約七〇〇メートルの地点に存し、同地点の海抜は、約五〇メートルである。

黒谷は、幅約一〇〇メートルで、西側に沿った標高約八〇メートルないし九五メートルの稜線、東側に沿った七五メートルないし八五メートルの稜線に狭まれ、南側には、一二〇メートル前後の峰が迫っている。

本件施設の煙突の高さは三五メートルであるから、その先端は、標高約八五メートルであり、東側の稜線よりやや高いにすぎない状況である。

(二) 気象条件

本件土地付近の気象条件については、冬期のごく短期間の調査しかなされていないので十分これを把握することはできないが、

イ 前記のような本件施設付近の地形的条件のもとでは、複雑な気流状況を示し、ガスや臭気が滞留しやすいことが、一般論としては指摘されるのであり、排煙が高濃度のまま地面に押しつけられる現象(ヒューミゲイション現象)等の発生の恐れも十分に考えられる。

ロ 被申請人は、財団法人都市調査会に依頼して、気象観測調査を実施しており、同調査会作成の報告書には、「冬の風に弱い。天気のよい日には、朝は地表から一〇〇メートルに達する接地逆転層(夕方から朝方にかけて地表気温の低下に伴い、地表付近の空気が層をなし、上空の空気との混合拡散が困難になる現象)が顕著である」、「日没とともに、地表気温が低下し、接地逆転層が形成され始め、煙の拡散は次第に悪くなる。その上、風向きも山風となって、小海川沿いの集落の方に向うようになるので、条件はよくない。」との指摘があり、したがって、同調査会の担当者からは、「天気のよい風の弱い日には、この地点でのごみの焼却は一〇時頃から開始し、一五時頃には休止するような方法が好ましい。」という意見が提出される程の気象上の悪条件が存する。

ハ なお、前記報告書は、「低気圧や、前線が通過するような場合には、種々に変化すると思われるが、一般に風速の大きいときは拡散も激しいので問題はない。天気の悪い南風の場合には煙は小海川沿いの集落に向う形となって注意を要するが、このような悪条件の頻度は、それほど高くないと思われる。」と指摘するが、悪条件の頻度が高くないとするのはなんらの調査にも基づかない根拠のないことであり、申請人らの観察では、同報告書で指摘する山谷風の存在にもかかわらず、実際には頻繁に、本件施設の排煙が拡散しない状況が発生しているのであり、このような不拡散の状況は、とりわけ天候の良くないとき、すなわち、「低気圧や、前線が通過するような場合」に多く観察されるのである。

ニ 又、同報告書では、夏季のなぎや春秋の霧の滞留等も考慮してなお立体的継続的な気象観測の必要があることを指摘しているが、本件土地付近は、前記イの要因とあわせて、海に比較的近いので、海陸風の影響も受けやすく、さらには季節風の影響をも合わせ考えると、複雑な気流状況であることが推測される。

ホ そして、現実には、前記のとおり、これまでの操業の中で排煙の滞留が頻繁に発生し、一度ではあるけれども、排煙や臭気が滞留したため、本件施設の近隣での農作業に支障をきたすに至ったため、一時本件施設の操業を停止したこともあったのであるが、被申請人はいまだに、前記報告書で必要性を指摘されたその後の調査も実施して来ておらず、操業により、付近環境に及ぼす悪影響のない気象条件であることについてはなんら明らかにし得てないのである。

(三) 社会的自然的条件

申請人ら居住の小海地区は、い草の特産地であり、昭和五一年の時点では、農家戸数一九〇戸のうち一一二戸までがい草耕作をなし、作付面積は三二〇〇アール(水稲は八九一〇アール)で、全生産高は一億六六四〇万円(水稲は九七三九万七〇〇〇円)となっており、同地区の全農業収入総額の約五一パーセントを占めるに至っている。

ところが、い草はもともと排煙等の環境汚染に非常に弱い植物であるから、本件のごとき公害施設の操業に伴い環境が汚染されることにより育成不良、先枯れ現象などが多発し、品質の低下を招き、ひいてはい草耕作自体が衰退してしまう危険性がきわめて強いものである。

また、小海地区の山々は、有名な松茸の産地であるが、本件施設の排煙等のため本件土地付近の松の樹勢が弱まり、松くい虫被害が発生しやすくなるなどして松の立ち枯れが起こり、また、長期にわたる汚染の蓄積のために松茸の生育環境が害される危険性もきわめて強い。

従って、被申請人の本件施設の操業は、右に述べた被申請人らの健全な社会的自然的環境を享受する権利を侵害する危険を発生させるものであるから、申請人らは被申請人に対し右権利の侵害を予防する権利を有するものというべきである。

3 そこで、本件施設の操業に伴う環境汚染に対し申請の趣旨の各項についてその理由を詳述する。

(一) 申請の趣旨一1(搬入搬出)について

被申請人は、処理しようとする廃棄物を本件施設に搬入し、あるいは、残灰、不燃物等を搬出するにあたっては、小海地区の道路を使用するわけであるが、その際、当然、道路沿線に運搬物を落下、散乱させる可能性が存する。

その落下、散乱させる危険の存する運搬物は、家庭ごみや産業廃棄物、残灰、圧縮又は粉砕された不燃物等であって、不衛生であったり、悪臭を放つものであったり、道路の通行上障害となる危険なものであったり、不快感を与えたりするものがほとんどである。

申請人らには、これら落下物等によって生活環境を害されることを受忍すべき義務は存しない。

(二) 申請の趣旨一2(排煙)について

本件施設においては、永年にわたって操業が継続されるから、排煙による蓄積的な環境汚染が問題となる。

まず、本件施設の昭和五二年度と昭和五三年度の操業状況は前記のとおりであるが、さらに総排気量の平均値は、昭和五二年度が一三八九〇Nm3/(時間)H、昭和五三年度一五六四五Nm3/H、であり、粉じん量の平均値は、昭和五二年度〇・二三〇g/Nm3、昭和五三年度〇・三〇四g/Nm3である。

これらの数値にもとづき、本件施設より排出される粉じんの量を、昭和五二年度五三年度の順にいうと、一時間平均三一九四・七グラム、四七五六・一グラム、一日平均一五・三三四キログラム、二八・三九四キログラム、年間にして四・四七八トン、八・五一八トンとなる。

そして、前記のとおりこのほとんどが小海地域に着地したものと考えられるのである。

しかも、右計算に用いた本件施設の日平均稼働時間は、明らかにマルチサイクロン、ガス洗浄装置等の排煙処理施設を作動させている時間のことであり、操業時間後も、通常、これらの排煙処理装置を作動させないで、自然燃焼の排煙を夜間を通じて排出しているのであるから、実際に本件施設付近にまきちらされる粉じんの量は、前記数値を相当超えるものになることは十分考えられるのである。

又、昭和五二年度に比して翌五三年度は、排煙の時間当りの総排気量、ノルマル立方メートル当りの粉じん濃度、年間の排出粉じん量のすべてが増加しており、このことからしても、今後、本件施設の老朽化、性能の悪化等が確実に予想でき、ごみ量が増加傾向にあることも考え合わせるならば、本件施設から排出される右粉じん排出量は、増加の一途をたどることは確実である。

ところで、本件施設の煙突の高さは三五メートルであり、付近にしばしば発生する地上一〇〇メートルないし一五〇メートルの高さの接地逆転層を越えて排煙を拡散させることは不可能であり、前記の地形的条件及び気象条件からして排煙が滞留しやすく、また、拡散するといっても、粉じんは、谷あいの地形をした小海地域に舞い落ちるのがほとんどであろうことは十分予測できるところであって、年々増大して排出される粉じんによる蓄積汚染の被害が小海地区に居住する申請人らに及ぶことは、十分考えられるのである。

そして、ごみ焼却排煙には、他の排煙とちがって、焼却対象物質との関係において、人間の使用するほとんどの種類の金属類ならびに難分解性の有機合成化合物質が含まれているから、これらが蓄積すると、土壌の汚染、人体への悪影響をもたらすであろうことも、十分予見できるのである。

従って、排煙の中の有害物質が基準値以下であることをもって付近住民への権利侵害の危険性が存しないとは決して言い得ないのである。

以上のように、本件施設が公害施設である事実さらに、又被申請人は、地方公共団体であって、地域住民に対して、その安全、健康及び福祉を保持すべき義務を負うものであり(地方自治法第二条第三項第一号)、一般私人以上に有害物質の排出を防止する能力を有することからすると、地域住民たる申請人らは、地方公共団体たる被申請人に対して、行政上の基準値以上の排煙を排出してはならないことはもとより可能な限り良好な環境を維持すべきことを請求しうるものであり、これに対応した限度においてのみ申請人らに受忍義務が生ずるものと解すべきである。

以上のような観点のもとに、申請人らは、被申請人が広報で町民に明らかにして来た数値、本件施設の設計上の見込み数値及び昭和五二年度以降の操業実績等を参考にして、被申請人において容易に維持出来る基準値として申請の趣旨一2の排出基準を設定したものであって、右の基準値は、被申請人らにおいては、過去の実績等からしてより厳しい排出基準値を維持することは十分可能であるから、むしろ、相当の余裕のある数値となっているのであって、申請人らは地域住民に受忍を求める以上、最低限維持しなければならないものである。

(三) 申請の趣旨一3は、前記のとおりの本件施設をめぐる気象条件、地形的条件等からして急性の被害発生の危険性の存する場合であるから、これを請求するものである。

なお、一過性の急性の被害であっても小海地区の特産物であるい草にとっては問題のあることは、前記のとおりである。

(四) 申請の趣旨一4(悪臭)について

悪臭は焼却すべく搬入された生ごみから発生するものと、排煙とともに流出するものとが考えられる。

被申請人は、生ごみから発生する悪臭を流出させないため、投入ホッパーを生ごみ投入後きちんと閉じること、投入ホッパー前のシャッターを可能な限り閉じて操業することを励行する旨述べていたが、現実には、真夏等には右シャッター等を開け放って操業している。

また、被申請人は、本件施設建設の経過の中で、小海地区住民に対して、悪臭は絶対出さない旨約束して来ているが、現実には、悪臭が流出して、地域住民がこれを感得しているのである。

申請人らは、被申請人の操業に伴うこれら悪臭の流出により健全な生活環境を害されない権利を有すること勿論である。

(五) 申請の趣旨一5については、被申請人は、翌日の操業開始を容易にするために火種を残す目的で夜間に至ってまで洗浄処理されない排煙を排出しており、排煙の中に有害物質が混入していないことはとうてい考えられないところであり、又、本件施設付近は、夜間には相当低位で最も顕著な接地逆転層が現われるのであり、気象条件としては、排煙の拡散のためには最も劣悪な状況にあることが認められるのであるから、単に蓄積的な環境汚染の可能性が高まるばかりか、前記のとおりの地形的条件も考え合わせるならば、ヒューミゲイション現象等によって急性の被害発生の危険性も存するのである。

従って、被申請人が何ら洗浄処理されないまま排煙を排出するときは、より公害被害の可能性が高まるのであるから、これを予防するため申請人らは申請の趣旨一5の遵守を請求する権利を有するものである。

(六) 申請の趣旨一6について

本件施設の操業により生ずる汚水は、排煙の洗浄処理にもとづいて排出されるものがほとんどであるが、これは、排煙以上に有害物質を含有するものであり、これが、農業用水路等を通じて本件施設外に排出されるならば、相当の環境汚染を地域住民である申請人らに及ぼすこと明らかである。

たしかに、本件施設は、凝集沈澱方式を用いているので、設計上は汚水を場外に放流しないしくみになっている。

ところが、本件施設とほとんど同様の機構を有する山口県玖珂郡北環境衛生施設組合のごみ焼却施設では、同様の凝集沈澱方式で無放流の設計になっているにもかかわらず、現実の操業状態では、汚水のたれ流しを余儀なくされている状況にあるのであるから、本件の場合にも、故障等によりいつ何どきこのような事態が発生しないとも限らない。特にごみ焼却施設は、一般的に、他の機械類に比して消耗、老朽化がはげしいものであるから、その可能性は十分に存するというべきである。

三1  申請の趣旨二について

地方公共団体である被申請人が本件のごとき公害施設を設置操業しようとする場合には、地域住民に対し、その内容を十分に報告、説明し、その納得と合意を得つつ、すなわち、住民の意思を尊重しながら実施すべき義務があることは、憲法、地方自治法に照らしても当然というべきであるが、これを地域住民たる申請人らの側からみれば、操業がなされている現在、その操業状況について被申請人に対して、報告を求め、意思形成のために必要な情報を得て、意思表明する権利を有するというべきであって、申請人らの右権利を侵害するおそれの存する被申請人に対し、健全な環境を享受しうる権利を保全するために被申請人の業務遂行に支障のない限りにおいて、当該公害施設の操業状況について立ち入り調査をなしうる権利を有するものである。

2  申請の趣旨三について

本件施設が申請人ら地域住民に対して前記のとおりの深刻な環境汚染等をもたらす危険性の存する施設であることに鑑みれば、申請人らが将来これを増設しようとする場合には、右危険を増大させることになるのであるから、増設が許されるためには地区住民の同意を得、かつ、環境影響事前調査を行なうなどの公害施設を設置する場合に必要な手続上の義務を尽くさなければならない。

ところが、旧来の被申請人の、本件施設設置に至るまでに右手続上の義務を十分に果すことなく、又設置後も設置手続上の違法を回復する措置をなんらとろうとしない態度からすれば、被申請人は右設置手続上の義務を尽くさず強引に本件施設の増設を行なう危険性が存するというべきである。

四  以上のとおり、申請人らは被申請人に対し、健康で健全な環境を享受する権利その他の人格権並びに耕作権等の財産権による妨害予防請求権に基づき申請の趣旨記載の裁判を求めるものである。

(申請の理由に対する認否)

一1  申請の理由一1のうち申請人らが小海地区全住民を代表する立場から本件申請に及んだとの事実は否認しその余の事実は認める。

2  同一2の事実は認める。

二1  申請の理由二1(一)及び二1(二)イの事実は認め、同二1(二)ロの主張は争う。

本件施設では、ごみは有機質のものを完全燃焼させた後、灰又はおきの状態で埋火にしているので、炉内より排出される空気及び水蒸気は無機質に等しく、洗浄処理の必要のないものであって、排出される白煙は、高温の炉内からガス冷却室等を通って煙突から排出されるため冷気に触れた空気が白く水蒸気となって見えるもので、有害物質を含んだ排ガスとは区別されるべきものである。

2  同二2(一)の事実及び同二2(二)のうちイの主張及び財団法人都市調査会作成の報告書に申請人ら主張の事項の指摘ないし記載のあることは認め、同二2(二)のその余の主張は争う。

本件土地付近の風向については、操業以来煙突の煙及び掲揚中の国旗により操業日には午前、午後各一回風向を目測して記録を続けているが、申請人ら主張のような南風の頻度は低く、昼間の操業日においては年間にわずか二、三日に過ぎない。風の多くは、北風及び西風であり、東風も一〇パーセント未満である。

申請の理由二2(三)のうち小海地区がい草、松茸の産地であることは認め、その余の主張は争う。

3(一)  申請の理由二3(一)について

本件施設へのごみの搬入搬出はパッカー車(ごみ収集専用車)によって行なわれているから、運搬物を落下、散乱させたり悪臭を放つおそれは皆無であり、操業以来約三年間運搬物を落下、散乱させて住民の不満、苦情を訴えられたことはなく、常に清潔と安全運転に徹して、住民奉仕に勤めており、今後もこの状態を継続してゆく考えである。さらに、申請の趣旨1(一)は運搬物の種類、数量及び措置の内容が不特定であり、又全く保全の必要性のないものである。

(二) 同二3(二)について

厚生省の「ごみ処理施設構造指針」が今後当該施設を建設する場合の基準を定めているが、その排ガスの基準は、当町施設と同規模の場合「ばいじん量〇・七g/Nm3以下、いおう酸化物二七・三五Nm3/H以下、焼却残渣一五%以下」と定めている。国の法律で定められた規制値というものは、一方から考えると住民の受忍限度と考えられないこともない。

しかも、被申請人は自主的にその規制値の六〇%という努力目標を定めて、安全操業に最大の努力をしているのである。もちろん、被申請人としても地域住民の健康と福祉を願って操業しているのであるから、例え基準値が高くとも、これを低くおさえて操業するための研究と努力を続け、施設の改善、補修に意を尽くすのは当然のことであり、今後も精進してゆく覚悟である。

果して当町規模の清掃工場としては、本件施設は中四国一の評価を受け他町村における新施設建設のモデルとして、見学研修に訪れた町村は二〇をこえ、その施設だけでなく、収集、運転、処理管理の手本として多くの町村より賞賛されている現状である。

申請の趣旨一2は、排煙排出基準値を画一的に設定しようとするものであるが、総排出量と濃度との相関関係を無視するのは不適当であるし、測定時点、方法においても不確定であり、執行上問題があるうえ、保全の必要性もないものである。

(三) 同二3(四)について

本件施設における投入口の開閉に伴う臭気は感じられるものの公害として住居地域に流出するほどのものではなく、排煙から山林、田畑に流れる臭気も微々たるものである。

(四) 同二3(六)について

汚水は本件施設の構造上施設外に排出することはあり得ない。従って、申請人らの主張は理由がない。

三  申請の趣旨二、三について

申請人らがいうところの健全な環境を享受しうる権利の具体的内容は明確でないが、仮にかかる権利が認められるとしてもこれを保全するため直ちに申請の趣旨二、三のごとく本件施設に立入調査権があり、あるいは、増設禁止請求権があるということはできない。なお右申請の趣旨のうち「必要があるとき」、「支障のない限り」「増設」などの用語は概念が不明確であって、請求自体特定しえないものであるから失当なものというべきである。又、施設の増設は、町の現状から急激な人口増のない限り当面量的増設をする考えはないが、操業運転の質的向上のため科学技術の進歩とともに質的増設(改良改善)をすることは当然ありうることである。

(被申請人の主張)

一  本件施設は、引田町の大多数の住民の強い願望に基づき建設が計画され、昭和五二年三月設計どおりに完成し、同年四月から操業を開始し爾来期待どおりの成果を挙げて現在に至っている。

そして、本件施設の構造、運営、組織、ごみ収集処理の方法その他環境保全対策等の具体的実施状況並びに今日までの操業実績等からすれば、申請人らに対し被害を及ぼす蓋然性は全くないものといわなければならない。

以下、これを敷衍して述べる。

二1  本件施設の実体

(一) 被申請人が選定した焼却炉は、ユニチカ式機械化バッチ燃焼式都市じんかい焼却炉と呼ばれ各種の設計基準(廃棄物の処理および清掃に関する法律・ごみ処理施設構造指針・JISその他)に基づいて製作されているものであって、ごみ処理は、パッカー車で運び込まれたごみは投入口から炉内に入れられて焼却され、燃焼により発生したガスは、再燃室、減温洗煙設備、マルチサイクロン集じん機、ガス洗浄塔を通って煙突から排出されるという工程をとっている。

(二) 本件施設には、公害対策として次の設備ないしは対策がとられている。

イ ばい煙について

再燃バーナー再燃室(未燃炭素・排ガスを完全燃焼させばいじん・有害臭気性ガスを分解する。)

減温洗煙設備(噴霧・水膜ノズルの併用によって排出ガスを減温しガスの洗煙を行いばいじんを除去する。)

マルチサイクロン集じん機(遠心分離の方法で微小なばいじんまで取り除く。)

ガス洗浄塔(大量の水・アルカリ液により排出ガスを洗浄し残留ばいじん・有害臭気性ガスを完全に除去する。)

ロ 排水について

凝集ちん澱方式

じゅん環無放流式

乾式灰出設備による汚水の発生防止

ハ 悪臭

投入部密閉式

洗煙

炉内ガス流速の低減による飛散防止

ガス洗浄塔による洗浄

煙突拡散効果

この種小規模設備としては最新かつ高性能の近代設備というべきもので香川県大川郡内八町では最高の公害対策設備をもつものである。

2  環境汚染の可能性の不存在

本件施設から排出されるばい煙が付近の生活環境に対し受忍限度を超え金銭賠償をもっては回復できない悪影響を与える可能性は全く存在しない。

本件施設から排出される汚染物質は、ばいじん・硫黄酸化物(SOX)・塩化水素(HCL)であるが、右施設に設備されるマルチサイクロン・ガス洗浄塔などの装置によって浄化されるのでその濃度はいずれもこの地域の規制値内の数値である。

すなわち、右施設による計画値は、ばいじん(最大〇・三六通常〇・二四g/Nm3)、硫黄酸化物(最大〇・一〇通常〇・〇二Nm3/H)、塩化水素(最大六〇通常三〇mg/Nm3(ミリグラム))であり、その規制値(ただし破棄物焼却炉はばいじんのみ)〇・七g/Nm3以下(ばいじん)、一七・五Nm3/H以下(硫黄酸化物)、八〇mg/Nm3以下(塩化水素)と比べると、本件施設によって排出されるばい煙は、大気汚染防止法および香川県公害防止条例同施行規則による規制基準をはるかに下回り、環境衛生上特に問題とすべき程度には達していない。

そして、実際の操業成績も、規制値をはるかに下回る好成績をあげているものである。

又、右数値は、排出口における濃度であるから右排出物質が高さ三五メートルの煙突から大気中に拡散し一部が地上に達した際の着地濃度(環境濃度)は排出濃度の四〇〇〇分の一以下といわれるから、いずれの有害物質も人の健康、生命を害する危険性がないばかりでなく農作物にも被害を与える危険性はほとんどない。

とくに本件施設の焼却炉は小規模でその排出ガス量が少ないうえに、設置場所付近は大気環境(排ガス発生源なし)も良好であるから環境濃度はもっと低下しているはずである。

三  又、本件施設は、引田町内の家庭ごみを収集し、これを衛生的に焼却処理し良好な生活環境の保全を図る目的から設置されたものであって、高度の公共性を有するものである。そして、被申請人は、前記のとおり付近住民に対しできる限りの配慮を加えつつ本件施設を操業しており、右施設は、小規模施設ながら中四国屈指の先進ごみ焼却施設と評価され、公害防止のための諸設備も設置して公的基準を遵守しており、規制値をはるかに下回る良好な操業実績をあげているのであるから、申請人らが本件施設の操業によりその権利を害される蓋然性は存しないというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  申請の理由一1のうち申請人らが小海地区全住民を代表する立場から本件申請に及んでいるとの事実を除くその余の事実、同一2の事実、同二1(一)、(二)イの事実、同二2(一)、同二2(三)のうち小海地区がい草、松茸の産地である事実、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件施設は、昭和五二年三月被申請人によって本件土地上に設置されたものであり、その概要(ごみ焼却施設部分)は次のとおりである。

敷地面積は、七二六一平方メートル、建築延面積は約七六〇平方メートルであり、建物は鉄骨シボレックス造りである。焼却炉の機種は、ユニチカ式機械化バッチ焼却炉であり、その処理能力は、日量七・五トンのものが二基存するから合計日量は一五トンである。排煙用煙突の高さは三五メートルである。

2  本件施設で焼却されるごみは、その殆んどが引田町内の一般家庭の日常生活から常時排出される廃棄物すなわち家庭ごみであり、あとわずかに持ち込みによる事業者の一般廃棄物(但し、産業廃棄物を除く。)である。

3  ごみの燃焼及びこれによって発生する排煙の処理過程についていえば、炉内に投入されたごみは、水分が多くて燃えにくいときは重油による熱風で乾燥させながら焼却される。燃焼により発生したガスは、炉内から再燃室に導かれここで未燃カーボン及び有害ガスが再燃焼される。次にガスは減温洗煙設備を通過する。これは、噴霧、水膜ノズルの併用により排ガスを減温し、以降の機器の焼損を防ぐ設備であり、又、洗煙によりばいじんの除去も行うものである。さらに、ガスは、遠心力により微小なばいじんまで除去するマルチサイクロン集じん機を通り、次いでガス洗浄塔へいき、ここで大量の水により洗浄され、ばいじん及び有害ガスが除去され、最後に煙突から排出される。

4  ところで、本件施設の設置の経過等についてみると、被申請人は、従前引田町引田大明神に昭和二九年建設の日量三トンの処理能力を有するごみ焼却施設を保有していたが、右施設ではごみ量の増加に対応しきれず、施設も老朽化してきていたために昭和四七年ころ新たに、より規模の大きな施設を建設することを計画し、本件土地を候補地としたが、付近住民に反対され、一旦は他に候補地を捜したが、そこでも反対されたために昭和四九年四月から再度本件土地上に建設する方針で本件土地に最も近い柞部落の住民の同意を取り付けるなどの作業を開始したところ、申請人らに反対されることとなったが、被申請人はついに昭和五一年三月、町議会の承認を得たうえで建設にふみきり、昭和五二年三月本件施設を完成させたものである。被申請人は、引田、相生及び小海の三地区からなるが、現在、引田、相生両地区の住民の約八五パーセント及び小海地区の住民の約六〇パーセント近くが本件施設によってごみを処理している実状である。

三  ところで、本件申請は、ひっきょう、本件施設の操業は本件施設付近に居住する申請人らの人格権又は財産権を侵害するおそれがあるとして右各権利による妨害予防請求権に基づくものであるから、申請人らとしては、本件施設の操業により右各権利が受忍限度を超えて侵害されるおそれのあることすなわちいわゆる被害の蓋然性につき疎明を要するものというべきである。

そこで以下、申請の趣旨の各項に対応して被害の蓋然性が存するかどうかを検討する。

1  申請の趣旨一1について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

本件施設で焼却すべき家庭ごみは、被申請人によって委託された業者がパッカー車(ごみ収集専用車)で搬入しているのであるが、パッカー車は収集したごみを外に落とすことはない構造になっているものである。

又、本件施設においては、ごみ焼却処理のほかに、不燃性ごみの破砕処理も行なっているが、このごみの搬入も、委託業者がシートカバーをした深ボデーの専用ダンプカーによってこれを行なっているから、運搬中ごみを落下させるおそれは極めて少ない。

又、ごみ焼却に伴う灰及び破砕された不燃性ごみは、本件施設から引田町引田塩屋所在の不燃物廃棄埋立処理場に運搬されるが、これも不燃性ごみ搬入と同様の方法で行なわれている。

そして、これまでに申請人らからごみの搬出搬入に伴う落下物についての苦情はない。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、ごみの搬入搬出につき、被申請人が道路沿線にごみを落下するおそれは存しないというべきであるから、申請の趣旨一1は理由がない。

2  申請の趣旨一2、3、5について

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実(但し、証拠による認定を要しない排煙に対する法規制の事実を含む。)が認められる。

本件施設は、係員三名によって操業されており、午前八時半ころから焼却が開始され、午後二時ないし二時半ころまでの間に六トン前後のごみが燃焼され、その後炉は翌朝まで火種を残すために埋火状態にされる。この埋火の場合、炉はガスの排出口である副ダンバーがやや閉じられて燃焼が抑制され、いわば蒸し焼きの状態となり、排ガスは、マルチサイクロン、ガス洗浄塔を通過せずに、直接煙突下の主ダンバーを通して煙突から排出される。

埋火時までの燃焼は、効率を考えて一基の炉につき一時間に一トンのごみを、三、四回に小分けして投入し焼却するというペースで行なわれ、完全燃焼のためにごみの質に応じて適宜助燃装置によってごみを乾燥したり、あるいは、おが屑を固めた助燃剤であるオガライトを投入するなどの措置がとられる。

ところで、被申請人は、昭和五二年六月から昭和五三年三月までは毎月一回、又、昭和五三年四月以降は二か月に一回、煙突中の検知口において排ガス中のばいじん濃度、硫黄酸化物濃度、塩化水素濃度(但し、塩化水素濃度は、昭和五二年六月と昭和五三年一月以降)、窒素酸化物濃度を古川熱学エンジニアリング株式会社に検査測定させている。

そこで、右各濃度について、規制値又は計画値と測定値を対比してみると、次のとおりである。

(1) ばいじん濃度

本件施設の規模形式の場合、ばいじんの排出規制値は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律並びに大気汚染防止法により〇・七g/Nm3下とされているが、本件施設はさらに低く〇・四g/Nm3目標値として設計され、そのための設備として、排ガスの再燃焼によってばいじんの発生を抑制する再燃室、除じん設備であるマルチサイクロン、ガス洗浄塔がある。そして、昭和五二年四月以降の現実の操業についてみても前記の測定結果によれば、これまでの〇・四g/Nm3超えた例としては、昭和五三年一二月に〇・四八六、昭和五四年二月に〇・四五三、昭和五四年四月に〇・六六一、昭和五四年八月に〇・六一八という例があるが、前の二例は排ガス設備調整中の数字であり、また後の二例は実験的に水蒸気によって生ずる白煙を出さぬためガス洗浄塔を使用しなかった場合の数値であって、結局測定結果からみると、ほぼ目標どおりの実績を挙げている。

(2) 硫黄酸化物濃度

硫黄酸化物は、助燃、再燃のための重油の燃焼及びごみ中のわずかな硫黄分の燃焼によって発生するが、引田町の場合、大気汚染法に基づく硫黄酸化物の排出許容量は一二・七九Nm3/Hであって、本件施設の目標値は二・三七Nm3/H(一七三ppm)以下であり、現実の操業も前記測定結果によれば、これまでの最高値が一六二・五ppm(昭和五三年一〇月)であり、次が六六・三ppm(昭和五二年六月)で、他は殆んど四〇ppm以下であって予定どおりの成績である。

(3) 塩化水素

塩化水素は主としてごみ中に混入する塩化ビニール製品あるいはサランが燃焼して発生するものであるが、大気汚染防止法に基づく塩化水素の排出許容量は、七〇〇mg/Nm3(四三〇ppm)であって、目標値は、ガス洗浄を経た場合最大三七ppm、通常一八ppmという数値であったが、現実の前記測定結果中、目標値に比べ比較的高い数値は、昭和五二年九月の二一九・五一ppm、昭和五三年一〇月の八六・四五ppm、昭和五四年二月の四三七・五ppm(この回は排ガス設備調整中)(但し、前記疎乙第三三号証の記載よりすれば、後の二例は単位はmg/Nm3であるかもしれない。)のみであり、他は三七ppmを下回っているのが殆んどであり、超えていてもわずかである。

(4) 窒素酸化物濃度

本件施設の窒素酸化物の排出に対する法規制は存しないが、排出ガスが四〇〇〇〇Nm3/H以上の廃棄物焼却炉の場合二五〇ppm以下に規制されているので、これと対比すると、前記測定結果によれば、一〇〇ppmを超えた例が昭和五四年二月の一一〇・〇と昭和五四年四月の一〇二・七の二回のみであり、他は殆んどが七〇ppm以下である。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件施設の操業実績(但し、埋火時の操業については、後述する。)は、規制値を十分に下回っており、目標値と比べてもほぼ目標どおりの成績を挙げているものということができる。

そして、申請人らが申請の趣旨一2に掲げた排煙の基準値は、申請の理由に照らすと、右の目標値及び操業実績を参考にして設定したものであって、その数値を超えると直ちに被害発生のおそれが生ずるとまで主張するものではないことが窺えるところである。

(二)  又、埋火時には、前記のとおり排ガスは、マルチサイクロン、ガス洗浄塔を通らないから、そのことだけをとらえれば、排ガス中のばいじん等の濃度が埋火前より高くなるのではないかと考えられるが、《証拠省略》によれば、本件施設の係員は、炉内のごみがすべて完全燃焼して減量化し真赤に燃焼している状態を確認したのちに埋火にするようにしていることが認められ、このことと《証拠省略》によれば、もともと埋火時までには、炉内のごみ中の有害ガスの成分の大部分は燃焼してしまったか、あるいは気化して洗浄処理されたうえ排出されたかして消滅しているものと考えられ、さらに、埋火は燃焼を抑制するものであるから、時間当り排ガス量も埋火前と比べて相当減少すると思われること、埋火時の排ガス中の各物質の濃度は時間の経過とともに低下していくことが自明であることなどを総合的に考慮すれば、埋火時に、マルチサイクロン、ガス洗浄塔を通さないでガスを排出しても、直ちに受忍限度を超える被害のおそれがあるとはいえないのである。

(三)  たしかに、本件施設の存在する黒谷は、申請の理由二2(一)のとおり谷あいの土地であるから(この事実は当事者間に争いがない。)、平地に比べればガスが滞留しやすいといえるであろうし、接地逆転層の形成、山風、谷風等の気象条件、さらに申請人奥谷頼雄本人の供述及び《証拠省略》によって認められる、申請人らがこれまで幾度か本件施設からの排煙が夕方ころ本件土地の南方の山裾を東西に長くたなびいて停滞しているのを現認している事実を考え合わせると、申請人らが、滞留する排煙によって健康、財産とりわけ主たる収入源であるであるという小海特産のいぐさに蓄積的な、あるいは、急性の被害の生ずることをおそれる気持も理解できないわけではない。

しかしながら、ガスの滞留といっても元来永久的な現象ではないし、《証拠省略》によれば、前日からの接地逆転層は日中には解消するものであることが認められ、又、申請人奥谷頼雄本人の供述によっても、晴れた日の昼は排煙は比較的よく拡散しているようであり、《証拠省略》によれば、申請人らの住居、農地等は、主として本件土地の北方に存在することが明らかであるから、排煙が南方に向かうこと自体は、申請人らにそれほど迷惑なことではないと思われる。さらに、申請人佐広伊瀬次本人及び同工藤義幸本人の各供述によれば、操業以来三年以上を経過した現時点において、本件施設からの排煙に基因するとみられる被害(但し、悪臭については後述する。)は、人の健康については勿論いぐさも含め農作物全般についても発生していないことが認められる。

又、申請人らは、排煙中の粉じんが年間何トンも小海地区に落下して粉じん中の重金属化合物により土壌が蓄積的に汚染されるおそれがあると指摘するが、本件施設で処理されるごみは家庭ごみであるから、粉じん中に重金属化合物が混在するとしても、その割合はわずかであると考えられ、又、排煙中の粉じんがすべて小海地区に落下するはずもなく、これらの事情に《証拠省略》を考え合わせると、土壌汚染のおそれがあるとの主張は根拠に乏しいものといわねばならない。

(四)  以上本件施設の排煙について述べたところと前記二4で述べた本件施設の公共的役割を総合して考えると、現在のところ本件施設の排煙によって申請人らには受忍限度を超える被害は発生していないというべきであるし、さらに、《証拠省略》によれば、本件施設においては諸設備の機能を保持するために係員が毎朝操業前に機械の点検をするほか、被申請人は毎年一回設備の点検補修を実施しており、その他臨時の小修理等も合わせ年間三〇〇万円ないし五〇〇万円をこれら費用に支出していることが認められること、前記認定のとおり被申請人は操業以来毎月あるいは二か月に一度の割で排ガス中の各種物質の濃度を測定して操業の実態を確認していること等の事情よりすれば、今後も現状のような操業を期待しうるといってよいから、現時点においては将来にわたっても被害発生のおそれは存しないと認められる。

そうしてみると、結局のところ、独自の排煙基準の設定を求める申請の趣旨一2、埋火時の排煙のガス洗浄処理を求める同一5、排煙の滞留時の操業停止を求める同一3は、いずれも理由がないものというべきである。

3  申請の趣旨一4について

たしかに、《証拠省略》によれば、本件施設でごみを焼却する際、係員は、外気を遮断せず建物のシャッターを開けたままで生ごみを扱っていることが認められるが、この生ごみの臭気は、生ごみをパッカー車から投入口に投入する短時間にのみ生ずるものであるから、本件施設付近を通る者には感じられても、《証拠省略》に徴して明らかなように、本件施設から少なくとも五〇〇メートル以上離れている申請人らの居住地域にまで到達するとは考えられないところである。

そして、《証拠省略》によると、申請人らの居住地域に到達する臭気は本件施設の排ガスによるものであると考えられるが、申請人奥谷頼雄本人、同佐広伊瀬次本人、同工藤義幸本人の各供述によって認められる、臭気の感じられる頻度及びその程度はそれほどのものではなく、前記本件施設の公共性に照らすと、悪臭による被害も受忍限度を超えたものということはできない。

従って、申請の趣旨一4は理由がない。

4  申請の趣旨一6について

《証拠省略》を総合すれば、本件施設から発生する汚水は、イ 減温洗煙設備の余剰水、ロ ガス洗浄塔からのガス洗浄排水、ハ ごみ収集車の洗車廃水、ニ 管理棟の生活排水に分けられるが、イ、ロの工場排水は排ガス中のばいじんや有害ガス成分が吸収されてくるので、凝集沈澱水処理装置により再生し循環再使用され、ハ、ニの排水は曝気処理によりBOD成分を減少させ、さらに沈澱物が分離された後、工場排水処理装置の循環槽に回収され再利用されるしくみになっており、本件施設外に放流されることはないし、現実にも操業以来この点に問題を生じたことはないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件施設の汚水による申請人らに対する被害のおそれは存しないというべきであるから、申請の趣旨一6は理由がない。

5  申請の趣旨一7について

前記のとおり申請の趣旨一の2、4、5、6について受忍限度を超える被害の蓋然性が認められない以上、申請の趣旨一7も理由がないことが明らかである。

6  申請の趣旨二について

前示のとおり本件施設の操業による受忍限度を超える被害の蓋然性が存しない以上、申請の趣旨二は理由がないといわざるをえないし、もし仮に、右趣旨が被害の蓋然性の存在とは関わりなく、申請人らが被申請人の住民として当然に被申請人に対し本件施設への立入り調査権を有するとの見解に基づくものであるならば、申請人らの請求は法律上の根拠を欠くものであって失当というほかはなく、結局、申請の趣旨二は理由がないというべきである。

7  申請の趣旨三について

《証拠省略》によれば、被申請人においては、現在のところ、本件施設を増設する計画を有していないこと従って増設による被害のおそれということもありえないことが認められるのみならず、既に認定したとおり、本件施設は、その機能、性能、立地条件及び保全管理の現状等からして、申請人ら住民の健康は勿論農作物に対しても格別の被害を及ぼしてはいないのであるから、被害の発生を前提として申請人らにおいて被申請人に対し、本件施設の増設禁止を求める請求権は発生するに由ないものといわなければならない。

従って申請の趣旨三も理由がない。

四  以上のとおりであるから、申請人らは、申請の趣旨の各項について受忍限度を超える被害の蓋然性につき、その疎明をなしえなかったものというべきである。

そうすると、本件申請は、被保全権利の存在につき疎明がないことに帰するところ、本件事案の性質上保証をもって右疎明にかえることは相当でないから、本件申請は、保全の必要性について判断するまでもなく失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上明雄 裁判官 田中哲郎 田邊直樹)

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